「初心忘るるべからず」って本当???

FROM 佐藤一路

 

@あなたの整体院

 

午前中お客さんとこんな話をしました

 

「新社会人のころは佐藤さんはどんなでしたか?」

 

けっこう最近のことなのでよく覚えていました

 

私がまっとうな社会人として働き始めたのは14年前の27歳のとき

 

それまでは理学療法士になるために

 

夜間の専門学校に毎日通っていました

 

昼間はゲームセンターでバイト、夜は学校という生活

 

まったくもって勉強は苦手で劣等生だったがなんとか卒業することができた

 

そのころについてはまた他の時に書きたいと思う

 

新社会人として働き始めたのはそんなにベッド数のない病院でした

 

正直、学校で劣等感しかなかった自分は

 

大人数の大病院に行って生きて行く自信がまったくなかったのだ

 

学生の時の実習で

 

ありがたくも「私はまったくもってこの仕事は向いていない」ということを

 

叩き込まれたので

 

働き始めてまで、毎日怒られて生活をしたくなかったのだ

 

なので、先輩の先生が優しそうな職場を選んだ

 

単純だ

 

あと

 

満員電車に乗りたくなかったので

 

下りの電車で行ける場所がよかった

 

そんな不純な理由で職場を探していたのだ

 

まったくもって不純だ

 

でも

 

働き始めてからは、よく働いていたと自分では思う

 

わからないことは調べて、聞いて

 

「患者さんが少しでもよくなってほしい」と毎日考えて生きていた

 

人から喜ばれることが好きなので

 

なんでもやっていた。トイレの解除、検査に行く時のトランスファー(乗り移り)

 

在宅復帰のためのご自宅の評価、介護保険の申請のための検査の立会い

 

そんな毎日がとても楽しかった。

 

これでお給料をもらえて自分はとても幸せだ!と真剣に考えて生きていた。

 

思えばあの頃が一番楽しく

 

仕事をしていたと思う。

 

現場が大好きな自分であることをすごく感じていた。

 

でもそんなことはなかなか続かなかった、

 

一緒に入った理学療法士は半年もすれば退職してしまった。

 

そうすると自分の仕事がだんだん増えてきて

 

ゆとりもなくなってきた

 

毎日、「忙しいな〜」と思っていた

 

でも

 

やっぱり患者さんをリハビリしているのはとても楽しく、なかなかよくならない人も

 

自分なりの・・・努力で関わっていた。

 

そう・・・自分なりの・・・

 

この頃の自分の初心は「誰にも意見されたくない」と思っていたのだ。

 

「意見される」=「否定されている」

 

と考えていた

 

恐ろしいほどにそう考えていた。幸い、そんなに意見されることもない職場だったので

 

あくまでマイペースに仕事をしていた。

 

残業もよくしていた(残業代という制度はなかったのに・・・)

 

でも

 

その後

 

それでは乗り越えられないことが降ってくることになるのだ・・・

 

正直その頃の初心はただの自分よがりだ。

 

一生懸命=結果にはこだわらい

 

そんな感じだったんだろう

 

まったく痛々しいセラピストさんだ。(笑)

 

その後「人の意見を取り入れていく」ということを重視するようになっていく

 

つまらない初心は消えてもらっていった

 

その方が仕事はうまくできるようになっていった。

 

新社会人への教訓

 

人間は変わっていくことが大切で

 

一つのことにこだわりすぎない方がうまくいく

 

だから初心にこだわりすぎる必要はない

 

以上

 

 

 

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